OKStars インタビュー

Vol.369 映画プロデューサー

アナント・シン

OKStars Vol.369は16年の歳月をかけて完成させたネルソン・マンデラ氏の自伝映画『マンデラ 自由への長い道』(2014年5月24日公開)のアナント・シン プロデューサーへのインタビューをお送りします。

ネルソン・マンデラ氏とは、マンデラ氏の長年の投獄からの釈放後にすぐに会われたそうですが、初めて会われた時の印象についてお聞かせください。

彼と初めて会ったのは釈放後2週間くらい経ってからでした。友人のファティーマ・ミーアという有名な女性活動家を通して知り合ったのですが、実は一種のサプライズでした。彼女から電話がかかってきて彼女の家に行ったら、そこにマンデラさんがいたので、非常にびっくりした覚えがあります。自分の人生にとって最も重要かつ印象的な1時間でしたね。いろいろ話をして、彼は非常に気さくで謙虚で地に足の着いた人物でした。あれだけ偉大な人物でありながら、自分と友人のように接してくれました。私自身の考えや意見にも熱心に耳を傾けてくれましたし、好奇心旺盛で、いろいろなことを聞かれました。

本作『マンデラ 自由への長い道』ですが、マンデラ氏から自伝の映画化を指名されてどう感じましたか?16年の歳月をかけられましたが、一番大事にしたところは何でしょうか?

マンデラ本人から私を選んでいただいて自伝を託されたので、ものすごく光栄であると同時に、責任の重さも感じました。とくに南アフリカの人間として、自分の国の歴史と彼の人物像、彼の成し遂げた功績を事実に忠実にきちんと描かなければならないのは大きなプレッシャーでした。
自分でもまさか16年もかかるとは思いませんでしたし、その間、様々なチャレンジがありました。彼の言葉で印象的だった「何事も実際にそれを成し遂げるまでは、不可能に見えるものだ」という言葉通りで、やってみるまでは到底できないと思う道のりでしたが、最終的には思い描いた通りの作品に仕上がって満足しています。

偉人の一生ということは言うまでもなく、さらに映画としてのジャスティン・チャドウィック監督の手腕も素晴らしかったですが、彼とはどのような話をしましたか?

ジャスティンとは『おじいさんと草原の小学校』という映画で組んで素晴らしい仕事をしてくれたので、今回も彼と仕事ができて良かったです。その作品のようにこじんまりとした親密で情感あふれるストーリーをジャスティンは得意としています。一方で『ブリーク・ハウス』や『ブーリン家の姉妹』のような壮大な歴史ドラマもうまくできるので、今回はその2つの要素を目指していましたし、彼にはそれができるだけの器量があると思っていました。それとジャスティンの独特のビジュアルのスタイルも気に入っていました。マンデラという一人の男の人生の旅路を内観的に描きたかったので、彼は最適だと思いました。ですので私からもマンデラ本人をはじめご家族、ウィニーさんや、一緒に収監された仲間たちなどを紹介して、監督自身いろいろな取材をして彼なりの解釈の仕方を探っていったと思います。

マンデラ氏はまだまだ記憶に新しい偉人と思いますが、南アフリカで公開された時の反応はいかがでしたか?とくにキャストの演技の面などでの反応などお聞かせください。

イドリス・エルバは見た目はマンデラに似ていないので、本人も懸念はしていましたがそれ自体は問題ではありませんでした。マンデラの顔を覚えている人はたくさんいますが、とはいえ、多くの人が知っているのは釈放されてからの、高齢になってからのネルソン・マンデラの姿です。子ども時代、青年時代のマンデラはほとんど知られていない部分ですので、イドリスもインタビュー映像等を見ていろいろと役作りをして、マンデラさんの特徴的な方言をマスターしたりもしましたが、彼なりの解釈で演じられたということでみんな抵抗感はなかったと思います。映画が始まって5分もしないうちに彼がネルソン・マンデラ以外の何者でもないというようなはまり役だったと思います。ウィニーさんや家族の方たちも映画を観て感心していました。

本作のエンディングを彩るU2の「オーディナリー・ラヴ」についてお聞かせください。

ボノとは個人的にも10年くらい前から親しくしている中で、「46664」というマンデラさんの囚人番号が基になっているエイズ基金をマンデラさんとボノが一緒にやっていました。ですので、この映画の企画にもかなり前からボノも絡んでいて、何らかの協力をしたいという申し出がありました。映画が完成した時点で観てもらって何曲か書いてもらったもののボノ本人がしっくりしていなかったようで、さらにタイミングの悪いことに、U2自身がアルバムの制作中で、5年くらいかけての気合を入ったレコーディングの最中だったんです。それを一旦止めてまで、この映画のために「オーディナリー・ラヴ」という素晴らしい曲を書き上げてくれました。アカデミー賞にもノミネートされ、ゴールデングローブ賞を受賞できたので、非常に喜ばしいことだと思います。

アナント・シン プロデューサーからOKWaveユーザーに質問!

ネルソン・マンデラという人は
日本の人々にとってどういう存在でしょうか?
それと、もうひとつはクイズですが、
マンデラさんが釈放後に最初に訪問した
外国大使館はどこだったでしょうか?

Information

『マンデラ 自由への長い道』
2014年5月24日(土)全国公開

2013年12月5日、元南アフリカ大統領ネルソン・マンデラが、世界中に惜しまれながらこの世を去った。享年95歳。
その死を悼むだけでは、あなたの世界は変わらない。

ヨハネスブルグで弁護士として謳歌していた青年時代。最初の結婚と反アパルトヘイト運動への参画。そして結婚の破綻。マンデラはさらに運動にのめり込む一方で、年齢の離れたウィニーと恋に落ち再婚。政府の政策がさらに強硬化するなかで、マンデラは武装闘争を選択し、テロに走るが1962年に逮捕。1964年に国家反逆罪で終身刑の判決を受け、27年間、収監されることになる。
しかし、激化する武装闘争に対して違和感を抱いていた彼は収監の間に思索を深め、南アフリカの未来のためには憎しみを捨て、共存と愛を説く必要性に思い至る。だが、彼の思いは、外の世界で迫害され憎しみに凝り固まった最愛の妻には伝わらなかった。

監督:ジャスティン・チャドウィック
製作:アナント・シンほか
脚本:ウィリアム・ニコルソン
出演:イドリス・エルバ/ナオミ・ハリス
主題歌:「オーディナリー・ラヴ」U2
原作:「自由への長い道──ネルソン・マンデラ自伝」(NHK出版)
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン

http://disney-studio.jp/movies/mandela/

© 2014 Long Walk To Freedom (Pty) Ltd

Profile

アナント・シン
1956年、南アフリカ・ダーバン生まれ。16ミリ映画のレンタル業から映画の世界に入り、1983年の『City of Blood』から製作を手がけ、以後の作品は80本を超える。インド系三世のため「非白人」に分類された彼は、反アパルトヘイト運動に参画。南アフリカ初の反アパルトヘイト映画『Place of Weeping』を生み出した。主な作品に『サラフィナ!』(92)、『輝きの大地』(95)、『パルス』(06)、『おじいさんと草原の小学校』(10)がある。

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