OKStars インタビュー

Vol.408 映画監督

舩橋淳

OKStars Vol.408は2011年の福島第一原発事故により、埼玉県内に町全体が移住という事態になった福島県双葉町の避難所のその後を追ったドキュメンタリー映画『フタバから遠く離れて 第二部』についての舩橋淳監督へのインタビューをお送りします。

まずは前作『フタバから遠く離れて』(以下、第一部)公開後の反響についてお聞かせください。

東日本と西日本、または日本と海外とで大きな温度差がありました。とくに、放射性物質を被ったと言われるエリアとそうでないエリアでは、当事者意識が全く違う感覚がありました。日本国内でも福島第一原発の事故はもう終わったと感じている人がいましたし、海外でも福島は収束しているのだろうという反応でした。とくに海外では、今も原発避難が続いていると言うとびっくりする人がたくさんいましたし、日本政府が現在止まっている原発を再稼働し、外国に輸出しようとしていると言うと、みんな「なぜ?」という反応でした。広島と長崎の原爆があって、今回の福島と3回も痛い目に遭っているのに日本は何も学ばないのかと言われたこともあります。

第一部から約3年の記録となりましたが、一番感じたことは何でしょうか。

少しずつ忘却されていっていると感じます。それは政府や福島県がちゃんとした情報を詳らかに公開しないため、一般市民がどうしていいのか分からなくなっていますし、その結果、コミュニティが分断されていっています。被曝されていたり、放射能の線量の高いところに住んでいる人は苦しみ続けていて、新しい生活を始めようとできるだけ離れたところに移った人もいます。そのような分断が日に日に深刻になって、ギャップが大きく開いていったのがこの3年間です。

第一部にも登場した、警戒区域内の牧場の吉沢さんについてですが。

彼は避難指示区域内に住んでいます。第一部の時は避難先から通って牛たちに餌やりをしていましたが、今は電気を通してもらって自宅に住んでいます。牧場の電気牧柵の電気が止まっていたので、350頭の牛たちが野良牛になっていたのですが、家畜は私有財産なので殺処分指示が出ていても所有者の同意なしに国が勝手に牛を殺すことはできません。吉沢さんは交渉して電気牧柵へ再び通電してもらった結果、牧場内の家にも電気が通るようになったので、本人も住んでしまっています。映画の中で牛たちが被ばくした症状が出ているところを映しましたが、避難指示区域内ですから吉沢さん本人も被ばくしています。

双葉町の現状をどのように見ているでしょうか。

福島県内と外側には温度差があります。「福島がそんなに危険なら避難すればいい」という単純な話では済まされないんです。たとえば、いわき市は東京よりも放射線量が少し高いくらいで、福島県内では比較的線量が低いし、国際基準よりも低いので十分に住むことができます。それでも市内の一部には線量の高いエリアもあるので、ここは行ってもいい、ここはダメ、という場所がある。そんなところに子どもたちを住ませていいのかという議論をはじめ、福島県内に住む人には様々な課題がつきつけられています。それに「食べて応援しよう」と学校給食に福島県産の食材を使っているので、いくら線量を測っていると言われても不安に感じている方も多いです。そもそも測定しているのはセシウムだけで他の放射性物質は測っていないので、本当はどういう状況か分からない。それで「不安なら県外に出れば?」という話になりますが、福島県内にとどまるから復興支援住宅を利用できる優遇があったり、仕事の都合で県外に出られない人も多い。出て行きたい人はとっくに出て行ってます。
双葉町と大熊町には中間貯蔵施設という除染した土を持っていく施設を建築する計画がありますが、双葉町は受け入れを認めていません。映画の最後に「福島県は受け入れを表明した」と字幕を出していますが、それは国と県が進めたことで、町はまだ賛成していないし、地権者も賛成していないんです。完全にぶつかり合っている状況なんですが、国や県の言ったことをマスコミが鵜呑みにして「福島、中間調像施設を受け入れ」としてしまうと、外から見るともう既成事実に見えてしまいます。地元を見ると反対意見なのに、そういう上からの発表をそのまま報道してしまうのでは戦時中の大本営発表と同じです。
双葉町は福島県内の39の市町村にバラバラに住んでいて、言わばお世話になっている状態です。県内の除染した土を一番線量の高い双葉町、大熊町に持っていくしか無いとなると、福島県内で双葉町の方々がそれには反対だと公然と言うのは難しいし、実際、双葉町と大熊町には犠牲になってもらうしかないというムードがあります。双葉町の現在はとても難しい岐路に立たされています。

双葉町では井戸川町長から伊澤町長に変わられましたが、撮影における関係性はいかがだったでしょう。

伊澤町長には最初は公人としてインタビューをさせていただくところから関係を作っていき、だんだんと仲良くなりました。元々彼は双葉町議会議員でしたので第一部の撮影の時から顔を合わせる間柄でした。彼は前町長の井戸川さんとは逆の政策を取って、福島県に戻る決断をしましたので、事態は大きく変化しましたが、この映画は双葉町民が主人公なので、プロパガンダではなく、目の前で何が起きているのかをありのままに見せるようにしています。どういう苦しみを双葉町の方がしているのかを見ていただければ、これから日本や世界は原発をどうしていけばいいのかを観客のみなさんがちゃんと考えると思うので、押し付けがましい真似はしていません。

旧・騎西高校の避難所の閉鎖について監督が感じたことは?

寂しかったですね。最後の100人くらいから5人にまで減って、彼らには町役場が全部ケアをして住む場所を見つけて、言わば出て行ってもらったことで2013年12月27日に無人となりました。避難所は最後には本当に生活弱者の砦になっていました。最初は1,400人が着の身着のままで避難所にたどり着きましたが、自立できる人は早々に出て行きました。避難所に残ったのは働けない高齢者の方や生活保護の方、身体障害者の方など本当に助けが必要な方たちでした。井戸川さんは双葉町のセーフティーネットとしての役目があるから閉鎖しないと言っていました。それが福島県内から「優遇されている」とバッシングが起きました。避難生活のような状況では、待遇の差があると「不平等だ!俺達と同じように苦しめ」という声が噴出してきます。今回、双葉町の内部分裂を描くかどうか悩みましたが、これがこの原発事故の起こした問題の本質なので正面から描こうと思いました。原発事故がなければみんな仲良く暮らしていたのに、福島県内と埼玉にそれぞれ避難した双葉町の人たちがお互いの悪口を言い合うのは、それぞれに原因があるのではなく、こんな状況に追い込んだ原発事故そのものや東電、国が元凶であると、映画を見れば感じ取れると思います。
ドキュメンタリーでは対象の描き方に責任をもつ必要があります。もちろん許可をとってカメラを回していますが、取材対象者は話しているうちにだんだんと思っていること以上のことを言ってしまったり、僕がひとりで小型のキャメラで撮っている映像がまさかベルリン映画祭でかかるとは思っていないので、現代では撮っている側が対象者のことを考えてあげるべきだし、それが作り手の倫理だと思っています。実は第一部の時期も町民の方々はあちこちでお互いに言い争いをしているのですが全部カットしました。現在進行形の災害では、映画がさらに衝突を生んでしまうと思ったからです。しかし、今回の内部対立は原発避難の本質そのものなので、なぜこんなにいがみ合わなければならないのか、と観客に心底感じてもらえば、悪口を言っている人よりもその向こう側に真の原因があると分かると思います。だから敢えて描こうと。

今回、クラウドファンディングで資金集めをされましたが、その点について教えてください。

550人の人が約420万円を寄付してくれました。広く多くの方に集まっていただいた結果です。ずっと赤字で続けているプロジェクトだったので本当にありがたかったです。第三部も撮りますが、クラウドファンディングは次回も確実に実施すると思います。初日には双葉町の方もお招きしていますが、今回協力していただいた方もお招きして映画を観ていただいてから、アフターパーティーを開くつもりです。

舩橋淳監督からOKWaveユーザーにメッセージをお願いします。

僕たちはみんな電気を使っています。電気を使っていることで遠く離れた人が犠牲になっている、不幸になっているのが今の文明であり、現代社会です。自分が携帯電話を充電したりTVをつけることが他人に被害を与え続けているということを、これからも続けていいのかということを考える機会としてこの映画を観ていただきたいと思います。
沖縄の基地問題などもそうですが、遠く離れると他人の痛みは感じなくなるのは、悲しいことですが人間の本質です。日本が高度成長を遂げるときにいろんなことを犠牲にしながら国が発展してきた、その歪みがこの原発事故で全て出てきた気がしています。福島において風化とは、見なければいけない現実から目を背けることです。目を背けてもそこにありますので、いつかは直視しなければならなくなります。

舩橋淳監督からOKWaveユーザーに質問!

双葉町は中間貯蔵施設の用地になろうとしています。質問ですが、自分の故郷が放射能のゴミ溜めになってしまう人たちが出てきてしまうことについて、みなさんはどう思いますか?
(答えは映画の中にあります!)

Information

『フタバから遠く離れて 第二部』
2014年11月15日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開!

フタバから遠く離れて 第二部 『フタバから遠く離れて 第二部』とは、福島第一原発事故により避難を強いられている、福島県双葉町を追ったドキュメンタリー映画『フタバから遠く離れて』の続編である。第一部は、埼玉県加須市にある旧騎西高校へ全町避難をした後9ヶ月を追ったものであり、第二部はそれ以後から現在までの約3年間を記録した作品である。
2012年第一部公開当時オーディトリウム渋谷は連日満席となり、公開数日でアンコール上映が決定された。その後も各地での劇場公開、国内約100箇所で自主上映が行われ、海外ではベルリン国際映画祭ほか40以上の映画祭に招待、海外版DVDも2014年秋発売予定と、大きな反響を得ている。
長い避難生活で町民の間に不満が多く出はじめた双葉町の避難所や仮設住宅では、町議会と町長が対立。2013年2月に井戸川克隆町長(当時)が辞任に追い込まれた。町長選挙を避難先で行うという異常事態の末、異なる町政方針を打ち出した伊澤史朗氏が当選、役場は福島県いわき市に再移転した。町長交代により揺れ動く双葉町は帰宅困難区域に指定され、さらには中間貯蔵施設の建設計画が出されるなど、事故に起因する様々な問題が大きな影を落としてゆく。歴史に翻弄された土地、そこで暮らしてきた人々の立場を克明に映し出し、目に見えないものが消失していく様と、原発行政がもたらした矛盾を描く。

監督:舩橋淳
テーマ音楽:坂本龍一「for futaba」
配給:Playtime

公式HP:http://nuclearnation.jp/jp/
Facebook:https://www.facebook.com/futabakara
Twitter:https://twitter.com/futabakara

© ドキュメンタリージャパン/ビッグリバーフィルムズ

Profile

舩橋淳

舩橋淳
1974年大阪生まれ。映画作家。
東京大学教養学部卒業後、ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアルアーツで映画製作を学ぶ。処女作の16ミリ作品『echoes』(2001)がアノネー国際映画祭で審査員特別賞・観客賞を受賞。第二作『BIG RIVER』(2006)はベルリン国際映画祭、釜山国際映画祭等でプレミア上映された。東日本大震災直後より、福島県双葉町とその住民の避難生活に密着取材したドキュメンタリー『フタバから遠く離れて』(2012)は世界40ヶ国で上映され、2012年キネマ旬報文化映画ベストテン第7位、同スピンオフ作品「放射能 Radioactive」は、仏Signes de Nuit国際映画祭でエドワード・スノーデン賞を受賞。近作は、震災の被害を受けた茨城県日立市で撮影した劇映画『桜並木の満開の下に』(2013)、小津安二郎監督のドキュメンタリー「小津安二郎・没後50年 隠された視線」(2013年NHKで放映)など。著書に「フタバから遠く離れて II ~原発事故の町からみた日本社会~」など。

Twitter:https://twitter.com/cowtown11211

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