OKStars インタビュー

Vol.420 

マー・ジーシアン、ウェイ・ダーション

OKStars Vol.420は日本統治時代の台湾から甲子園に出場し決勝まで勝ち進んだ「嘉義農林学校」野球部<KANO>の感動の実話を基に映画化した『KANO~1931海の向こうの甲子園~』のマー・ジーシアン監督と脚本も担当したウェイ・ダーションプロデューサーへのインタビューをお送りします。

本作『KANO~1931海の向こうの甲子園~』では台湾の方々も日本語の芝居が多いですが、その点はいかがだったでしょうか。

マー・ジーシアン:日本語の会話についてはそんなには大変ではなかったです。台湾の野球選手たちを役者として起用しましたが、彼らは日本語の覚えが早かったです。語学トレーニングの期間は2ヶ月ほどでしたが、みんな優秀でしたね。体育会だからといって彼らの頭脳を軽んじてはいけませんよ(笑)。私としては演技の部分をより正確に把握したいと考えていました。とはいえ、現場は台湾人と日本人の混成でしたので、言葉での意思の疎通が最初は大変でした。ですがそれも後半は言葉の壁はなくなっていましたね。大沢たかおさんも台湾語を勉強してくれて、映画の中で台湾語を話しているシーンもあります。

おふたりは甲子園に対する印象は撮影前後でどう変わりましたか?

マー・ジーシアン:台湾でも野球は人気があるので、甲子園の存在は台湾でも知られてはいるし、私も知ってはいました。この映画を撮るにあたって、甲子園の雰囲気を知っておきたかったので、センバツ大会の試合を観に行きました。観客のものすごい声援には感激しましたね。声援の中でプレーする球児たち、そしてそんな球児たちを応援する観客に感動しました。 本作を撮るにあたっては、甲子園の歴史を描くことが重要でした。歴史の事実が多いほど人を感動させますので。人生の大先輩たちがかつて甲子園に行ったということを自分自身誇りに思いました。こういう自信が自分を強くするし、未来へ進む勇気を与えてくれます。 また、1931年当時の甲子園は今とは形が違います。映画の中で再現したのは初代の甲子園です。初代の甲子園を再現するために、私たちはいろんな工夫をして撮影しました。日本の観客の皆さんも甲子園の昔の姿はよく知らないでしょうから、ぜひ観ていただきたいです。再現するために、朝日新聞社を始め、関係者にいろいろ取材をさせていただいて再現できました。

野球は日本でも台湾でもメジャーなスポーツですが、そのようなスポーツをリアリティをもって描くためにした工夫は何でしょう?

マー・ジーシアン:リアル感というものは醸し出す雰囲気ですので、大きな何かというよりもディティールの1つ1つに工夫をこらしました。例えば、ユニフォームひとつとってみても、白い生地の白さが当時の布の白さかどうかが大事で、そういうこだわりをもって挑みました。とにかく映画の世界に没入してもらうために、工夫を重ねたんです。撮影も編集も音楽も照明も、全てが合わさって、映画を観ていることを忘れてその世界に入っていけるようにしました。

嘉農の甲子園での対戦相手で、札幌商業の投手・錠者博美さんに焦点を当てた理由は?

マー・ジーシアン:錠者さんは実在の人物で、札幌商業の先発投手でしたが、彼はその後軍人になって、日本から台湾の基隆軍港にやってきて、そこから高雄に南下し、高雄の軍港から南方戦線に出陣しました。その高雄に向かう途中に列車で嘉義を通るので、彼は「嘉農の故郷の嘉義を見たい」と言います。そういう人物を盛り込んだところに、ウェイ・プロデューサーの日本人観がわかると思います。

ウェイ・ダーションこの物語と出会い、私が脚本を手がける際に、映画で一番大切なのはオープニングなので、そこをしっかりやらなければならないと考えて資料に当たりました。その時にこの台詞と出逢いました。監督が言ったとおり、日本兵は基隆から鉄道で台湾を南下して、高雄から戦地に向かいます。その時に「列車が嘉義についたら起こしてください」という台詞が美しいと思いました。皆これから戦場に向かうので、生きて帰られるかどうかわからないのにも関わらず、野球のことを考えているのですから、誰の台詞がふさわしいかと考え、錠者博美さんに思い至りました。甲子園で嘉農は4試合戦いますが、とりわけ嘉農と札幌商業の試合を皆が期待していました。結果は札幌商業の惨敗でした。そんな経験をした投手の彼が10年後に台湾にやってきた時にそんな台詞があると、映画に奥行きが出てくるのではと思いました。単なる熱血野球映画にはしたくなかったのです。

マー・ジーシアン:錠者さんの描き方には当時の台湾人と日本人の立場や、試合の勝ち負けに対する考え方の違いを表現したいという思いもありました。嘉農の選手たちは試合の勝ち負けよりも自分に勝つかどうかでした。錠者さんは勝負にこだわった負けず嫌いの人物として描きました。嘉農の選手は「勝つと思うな。負けまいと思え」と近藤兵太郎監督に教えられています。植民地の支配する側、される側の違いとしても、支配される側だった嘉農の選手はそんなに強力に自分を表現しないという面を出そうと思いました。

ウェイプロデューサーは本作を含め日本が関わる映画を作って来られましたが、日本のことをどのように見ておられるでしょうか。

ウェイ・ダーション:いまの台湾も日本も国際的に弱い立場にいるように思います。そこでなぜ私たちが歴史を紐解き、歴史から学ぼうとしないのか、という問いかけをしたいのです。過去から自分を見つめ直し、自分を理解して、そこから出発することがとても大事だと思います。歴史は繰り返す、とよく言いますが、その繰り返しを経験して、人間は知恵を得たかどうかが大切だと思います。過去の歴史からいろいろ学べるはずです。様々な問題に直面した時にどう対処するのか、何が正しいやり方かを歴史から学ぶべきだと私は思います。そして反省だけではなく、歴史からは自信というものを学ぶこともできます。つまり恐れないことがとても大事だと思います。国際的な圧力がかかる中で、私たちはつい恐れて物事を控えてしまいますが、私は台湾に対しても日本に対してももう一度リマインドをしてほしいと思います。お互いに過去には輝かしい歴史もあったわけですから、自信を取り戻してどんなことにも恐れずに向かっていくことが大切だと思います。 この映画からも自信を学ぶことができました。私たちは考えなければいけません。例えば、強弱、勝負、その間には一体どんな関係性があるのかを。よく思うのは、たとえ負けても負けたと思うのではなく、格好良く前を向いて歩いて行くことが大切だということです。同時に、勝ったとしても奢ること無く弱者をしっかり守ることを考えることも大切だと思います。

ではマー監督は日本のことをどう見られていますか。

マー・ジーシアン:現代の日本は清潔で美しい国ですし、人々は皆いい暮らしぶりだと思っています。ただし私が小さい頃に学校では、日本は台湾を50年に渡って統治してきた国ですので、その時代の良くないことについても学んできました。今回、この映画を撮るにあたって歴史を学び直しました。台湾と日本の間には霧社事件をはじめとする虐殺の歴史も存在します。しかし悪い点ばかりではなく、良い点もありました。ですので歴史をもっと広い視野から客観的に見つめる必要があります。悪い事実も肯定しなければならないと思います。私は台湾原住民のひとりとして、歴史はそのように寛容に見なければならないと思います。その時々の歴史の中でその場に居合わせた人々が最良の決断をどう迫られていたのかを考えていかなければなりません。寛容に見ていくことと、忘れてはいけない事実があるということ、その中で私たちはその経験を汲み取って、未来に進む力をもらわなければならないのです。台湾人と日本人の関係において、台湾人は日本人に愛と憎しみが入り混じったような感覚を持っていると思います。しかし私が信じているのは人の心の善良さです。一緒に手を取り合って歩んでいけば必ず何かを成し遂げられるということは、この映画の歴史的な事実のとおりです。これが昔の人たちが私たちに教えてくれている事実ではないでしょうか。

この映画から何を感じ取ってほしいですか?メッセージをお願します。

マー・ジーシアン:とくに若い方たちは、夢があるなら大きな夢を持ってください。小さなことを考えずに豪快にやりましょう。夢を実現する過程には挫折もあると思います。その時にこういう昔の人たちの姿を思い返せば、彼らはきっと示唆を与えてくれるはずです。勇敢に歩んでいけばその夢を手にすることができまるのです。私に3時間ください。この映画を観れば、皆さんに前に進んでいけるパワーを与えることができると思います。

マー・ジーシアン監督とウェイ・ダーションプロデューサーからOKWaveユーザーに質問!

マー・ジーシアン「1931年の甲子園球場のホームラン距離は何メートルでしょうか?」
ウェイ・ダーション「台湾に貢献した歴史上の日本人は誰がいますか?」

あわせて、本作への期待コメント、試写会等で一足先にご覧になられた方はご感想などもご回答ください!

1月20日頃を目処にマー監督とウェイ プロディーサーにベストアンサーを選出いただきますので奮ってご回答ください。 ベストアンサーの方には素敵なプレゼントを進呈します! (※ベストアンサーの方にはOKWave登録メールアドレスに後日メールでの当選通知を別途いたします)

Information

『KANO~1931海の向こうの甲子園~』
2015年1月24日(土)新宿バルト9他全国ロードショー

日本統治時代の台湾。日本人、台湾人(漢人)※1、台湾原住民※2の3民族からなる、弱小チームの嘉義農林学校(KANO)野球部に、名門・松山商業を率いた近藤兵太郎が監督として就任した。近藤のスパルタ式指導のもと、甲子園大会を目指し、猛特訓が始まる。とまどう3民族混成チームの部員は、監督の情熱に、しだいに心をかよわせていく。1931年、ついに台湾代表となり、夏の甲子園に出場。一球たりとも諦めないあきらめない野球で快進撃が始まった…。

※1:中国大陸から移住した漢民族の子孫
※2:台湾の先住民族の正式な呼称
製作総指揮:ウェイ・ダーション
脚本:ウェイ・ダーション チェン・チャウェイ
監督:マー・ジーシアン
出演:永瀬正敏 坂井真紀 ツァオ・ヨウニン / 大沢たかお
配給:ショウゲート
公式サイト:http://kano1931.com/

© 果子電影

Profile
マー・ジーシアン、ウェイ・ダーション

マー・ジーシアン

1978年生まれ。
2000年にTVドラマで俳優デビュー、2001年『鹹豆漿』でスクリーンデビュー、『20 30 40』(04)『ORZboyz』(08)『セデック・バレ』(11)『甜‧秘密』(12)などに出演。2007年からTVドラマ6作の監督・脚本を手掛け、『十歲笛娜的願望』(07)、『生命關懷系列-說好不准哭』(08)で立て続けに電視金鐘獎の脚本賞を受賞。『KANO~1931海の向こうの甲子園~』は劇場用映画の初監督作品となる。

ウェイ・ダーション

1968年8月16日生まれ。
台湾の巨匠、故・エドワード・ヤン監督の『カップルズ』(96)の助監督を務める。短編『七月天(原題)』(99)では台湾映画界に衝撃を与え、エドワード・ヤン監督の後継と称される。02年、チェン・グォフー(陳國富)監督作『ダブル・ビジョン』の企画を担当。2008年に監督デビューした『海角七号~君想う国境の南』は台湾映画史上記録的な興行収入を上げ、社会現象も巻き起こし、国産映画隆盛の火付け役となる。「第45回台湾金馬奨」で最優秀助演男優、最優秀音楽、最優秀主題歌、年度台湾傑出映画、年度台湾傑出映画人、観客賞の6部門を獲得。2011年に霧社事件を題材とする『セデック・バレ』を製作、「第48回金馬獎」で作品賞に輝き、観客賞、徐詣帆(Bokeh Kosang)の最優秀助演男優賞、最優秀音響効果賞、最優秀オリジナル音楽賞の最多受賞を果たした。

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