話題の映画などの作品にまつわる、俳優・女優、映画監督、アーティストらへのインタビューと、彼らからの「質問」に「回答」できるOKWAVEの特別企画です。

Vol.581 映画監督 奥田庸介(『クズとブスとゲス』)

OKWAVE Stars Vol.581は映画『クズとブスとゲス』(2016年7月30日公開)の監督と主演を務めた奥田庸介監督へのインタビューをお送りします。

Q 『クズとブスとゲス』の映画化に至る経緯をお聞かせください。

A『クズとブスとゲス』奥田庸介初の商業映画の『東京プレイボーイクラブ』を撮った後、いろいろなお話をいただきましたが、ずっとオリジナル脚本で撮りたいという願望がありました。そうしているうちに声がかからなくなってしまって、その間はずっと孤独でした。脚本はいろいろ書いていたので企画を持ち込んだりしたものの、それではもう撮れないという結論に至り、映画や人生に対する恨みのような感情が出てきて、自分の中で何かが壊れてしまって……。その時にこの『クズとブスとゲス』の物語が自然と出てきて、すっと脚本も書けたのです。同じ頃にろくでもない生活をしている僕を見て兄が心配して声をかけてきました。「映画を撮りたい」という話をしたら、兄がプロデューサーを引き受けてくれて、そこからスタートしました。兄は映像とは関係ない仕事をしていましたが、哲学や美術に造詣が深くて専門的な勉強もしていたので、こういう訳の分からないものを理解をしてくれたんでしょうね。

Q そのような経緯で生まれた本作ですが、核心はどんなところだったのでしょう。

A奥田庸介“生きるのがつらい”ということです。生きていてもしょうがない、人生なんて生きる価値が無い、という気持ちが当時は今以上にドロドロとしていました。漠然とした怒りがあって、通り魔が他人に向かうような感覚で僕は自分の体を傷つけてしまっていました。

Q 監督にとって映画とはどういう存在なのでしょう。

A奥田庸介僕のヒーローはずっとシルベスター・スタローンです。彼の生き方はアートですし、『ロッキー』も大好きです。他にも『ダイ・ハード』のようなアクション映画をよく観ていました。それが入口ですが、映画を作っている理由は哲学者がなぜ哲学をやっているのか、ということに似ていると思います。哲学者は強迫観念のようなものがあって、きっと生きている意味が分からないのだと思います。その答えを掴むためにずっと考え続けていたいということだと思いますが、アーティストの考え方もそれに近いです。死ぬまでそういう人生の矛盾に向き合っていたいから、会社や社会に属さずに小説を書いたり絵画を描いたりしているのではないかと。ですが映画は少し特殊です。たくさんのお金をかけて作るからそのお金は回収しなければなりません。だけどアートの側面もあるので根本的に矛盾しているんです。そこがすごく苦しいんです。

Q 壮絶な思いの中で生まれた『クズとブスとゲス』ですが、一方で楽しめる作品にもなっています。監督としてはどういう気持ちで現場にいたのでしょう。

A『クズとブスとゲス』奥田庸介映画監督としてはもちろん演出しないといけませんが、この作品については演出がどうのというよりも自分の主観でやりたいようにやりました。「オレを殺す気でやってくれ」と現場では言い続けました。僕の映画のスタート地点が『ランボー』や『ロッキー』なので無意識にそういう部分が出てくるのだと思います。演出なんて薄汚いと思う気持ちや、技術よりも魂を込めて現場に向かう気持ちが大事だと信じてやっていましたが、映画には技術が必要なのでやはり矛盾しているんです。

Q 監督兼主演ということで、撮影中はいかがだったでしょうか。

A奥田庸介本当につらかったです。肉体的にも精神的にも息が切れるような過酷な芝居が多かったですし、それを演出もしなければなりません。現実と芝居と演出の境界線がなくなっていたので、撮影中に、全く関係のない酔っ払いの人とケンカしてしまったり、暴れたりしてしまって、監督としても役者としても失格なのですが、今思うとアートしていたんじゃないか、なんて感じてもいます。

Q ビール瓶を頭で割って病院に運ばれる、ということもあったそうです。映像はまさに迫力のあるシーンでしたが、そもそもそのカットは予定されていたのでしょうか。

A『クズとブスとゲス』奥田庸介「そこにビール瓶があったから」としか言いようがないです。さっきも言ったように撮影中はずっと「オレを殺してみろ」というような気持ちでいました。映画とケンカするような感覚です。当時は混沌としていたし、撮影中の記憶もあまりありません。その怪我のことは覚えていますが、撮影当時の話をしていてもあまり思い出せないんです。
終盤のヤクザ一味に拉致されてリンチを受ける場面も、演出は「本気で殴ってください」だけでした。怪我したらそれでもいい、と思っていました。いろんなことにいきり立っていて、そういう不満が全て自分に向かってしまっていたんです。

Q そんな現場の周りの様子はいかがだったのでしょう。

A奥田庸介監督が主演して出血しているような現場ですので、初めて来た人は逃げたくなったかもしれません。ずっと一緒に製作をしてきたプロデューサーの小林岳と編集の小野寺拓也が僕のことを深く知っていて、ある程度覚悟もしてくれているので、このふたりに現場では助けられていたと思います。

Q 本作を撮ってあらためて気づいたことはいかがでしょうか。

A『クズとブスとゲス』奥田庸介自分は映画監督に向いていないんじゃないか、ということです。役者も向いていないと思います。プロの役者の方と違って自分には技術がないので、照れもあって常に全力を注ぎ過ぎてしまう。この映画に魂を込めようとしましたけれど、周りに飛び散ってしまったような感覚があります。映画を作っているとお金の話やいろんな人の意見に翻弄されて、くだらなく思えてしまうんです。最初はみんな映画の世界に志高く入ってきますが、そういう現状に一人では立ち向かえなくて心折れて体制に迎合してしまいます。僕は幸か不幸か迎合ということができなくてこういう状況に陥っているので、きっと映画を観た方には、気の毒な監督だと映るでしょうし、そういう“同情を一心に集める映画監督”なんだと思います。映画はまだまだ新しい文化で生活に必要なものではありません。そういうものに一生懸命なのはバカだなと思う反面、それをずっと続けているわけです。究極のところ、映画を観てもらえればいいので、お金には興味がなく、『マッドマックス』のような無法地帯で戦いを挑む方がよっぽど心地よいんです(笑)。

Q 奥田庸介監督からOKWAVEユーザーにメッセージをお願いします。

A奥田庸介自分の好き放題やった映画なので、皆さんには「僕の人生に付き合ってください」と頭を下げるしかないです。どんな批判も受け入れるつもりです。ただそのためには観ていただかないと始まらないので、ぜひ映画館に来てください。こういう「観客の皆さん、僕のケンカを買ってください」と言ってるような映画はあまりないので、ぜひお願いしたいです。

Q奥田庸介監督からOKWAVEユーザーに質問!

奥田庸介僕は強迫神経症で歯磨きに30分くらいかかるんです。これを短くするいい方法があれば教えてください。
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■Information

『クズとブスとゲス』

『クズとブスとゲス』2016年7月30日(土)渋谷ユーロスペース他全国順次公開

女を拉致監禁し、裸の写真をネタに強請(ゆす)りで生計を立てるクズ男。ヤクの運び屋から足を洗ったものの、ストレート過ぎる性格が災いして過ちを繰り返すバカ男。自己主張が苦手で、流されるがまま生きてきた結果、苦界にはまり込んでしまう女。社会適応力ゼロな3人が繰り広げる血と暴力と涙と、憤怒と慟哭とメロウの乱反射…。

監督・脚本・主演:奥田庸介
出演:板橋駿谷 岩田恵里 大西能彰 カトウシンスケ 芦川誠
製作:映画蛮族
配給:アムモ98

http://kuzutobusutoges.com/

(C)2015 映画蛮族


■Profile

奥田庸介

奥田庸介監督(映画『クズとブスとゲス』)1986年生まれ、福島県出身。
2008年と09年にゆうばり国際ファンタスティック映画祭入選。10年に『青春墓場~明日と一緒に歩くのだ~』が同映画祭3度目のノミネートでグランプリを獲得。他にもぴあフィルムフェスティバル入選、ロッテルダム国際映画祭やプチョン国際映画祭で上映される。11年に『東京プレイボーイクラブ』で商業映画監督デビュー。全国で劇場公開、釜山国際映画祭や東京フィルメックスで上映され、ロッテルダム国際映画祭ではコンペティション部門であるタイガー・アワードに出品される。本作『クズとブスとゲス』では演出力だけでなく、強烈な演技も大いに注目を集め、15年東京フィルメックスにて、異例の「監督・奥田庸介」本人にスペシャル・メンションが授与された。

http://eigabanzoku.wix.com/banzoku