話題の映画や作品等にまつわる、俳優や映画監督、アーティストら“Stars”へのインタビューと、彼らからの「質問」に「回答」できるOKWAVEの特別企画です。

Vol.601 映画監督 ラージクマール・ヒラニ(『PK ピーケイ』)

OKWAVE Stars Vol.601は『きっと、うまくいく』の監督&主演タッグの最新作『PK ピーケイ』(2016年10月29日公開)のラージクマール・ヒラニ監督へのインタビューをお送りします。

Q 『PK』は設定も面白いですが、終盤のドンデン返しが監督らしくて感動しました。作っていて、手応えを感じましたか。

A『PK ピーケイ』ラージクマール・ヒラニ自分で脚本を書いて、撮影をして、編集もするので、同じシーンを編集の段階で既に何百回も見ています。ですので、笑えるシーン、泣けるシーンも自分では感じることができなくなっています。自分の信頼している人たちの判断を信頼するしかないので、公開するのは緊張しますし、公開直前には最悪な作品を作ってしまったと思うくらいの気持ちになってしまいます。
『きっと、うまくいく』は大学生活を描いたものだったので今回の『PK』よりもずっとシンプルでした。今回は神や宗教のような難しいテーマを取り上げているので、何倍も難しかったです。伝えたいことをもっと盛り込みたかったのですが、言い過ぎるとつまらなくなってしまうので、そこは自分でも抑えました。その分、余計に公開するまでは心配でした。

Q インドでは映画が年間1,000本以上作られるそうですが、インドの映画業界の最近の状況と、その中で『PK』がヒットした要因についてお聞かせください。

Aラージクマール・ヒラニ現在のインドの映画事情は100年の歴史の中で一番いい状況だと思います。いろんな客層に向けて映画が作られています。15年前はラブストーリーとアクションがメインで、どの映画にも踊ったり歌ったりというシーンがありました。最近の映画にはそういったシーンのない、スリラーやファンタジー、人間ドラマなど、いろいろなジャンルの映画が作られていますし、それらが受け入れられています。劇場も増えていますし、映画市場そのものが伸びています。インドではハリウッド映画よりもインド映画が人気です。ですので、観る人にとっても作る側にとってもインド映画はいい時期を迎えていると思います。
『きっと、うまくいく』については万人に受け入れられる作品だったと思います。学生生活や夢を追うことの大切さを描いていますのでヒットするだろうなという予感もありました。今回の『PK』は神の存在を否定していますし、受け入れにくいテーマだと思いました。インドで『PK』が受け入れられて大ヒットしたのは、客層自体がより多様化していることと、客層もまた成熟してきたのかなと思います。

Q 主演のアーミル・カーンの存在感が抜群でしたが、彼との今回の取り組みはいかがでしたか。

A『PK ピーケイ』ラージクマール・ヒラニ『きっと、うまくいく』でもいい仕事ができましたが、今回は脚本段階からアーミルでいこうと考えていました。彼を選んだ理由は子供っぽい純粋な顔つきであることと、PKは宇宙人ですけれど人間のようであること、そして最初のシーンではPKは裸になるので、鍛えられた肉体が必要でした。か弱い肉体だと様にならないだろうな、というのも理由の一つです(笑)。そして重要なのは、アーミル自身がこの映画のコンセプトに共感してくれたことです。アーミル自身が無神論者でPKのように生きてきたので、もし信仰心の厚い方であれば意見の食い違いがたくさん出てきてしまっただろうなと思います。
アーミルは脚本を受け取るとすぐに役作りを始めます。すごく準備をしてきてくれるので、とてもやりやすかったです。脚本そのものについては彼は口出しをしません。映画というものをすごく深く理解してくれているのでとてもやりやすい役者さんです。

Q コメディ映画ながらショッキングな場面も描かれていますが、このシーンに込めた思いをお聞かせください。

A『PK ピーケイ』ラージクマール・ヒラニ宗教が世界に与えた最も大きなダメージは人々を殺してきたことです。これまで宗教関連の戦争で亡くなった方の数は病気で亡くなった方の数を大きく上回っています。大戦もそうですし、最近の宗教絡みの争い事もそうです。神という名のもとに戦争をしている、自分の神が他人の神よりも優れているという信念によって多くの人々が命を落としています。宗教は人を殺すためではなく平和をもたらすもので、宗教の教えの中にも人を殺していいというものはありません。ただ、人がいつの間にか、人間が神を守らなければならないと思い始めていて、自分たちが神よりも上に立っているという思い違いをしているからこういう争いが起きてしまっているのだと思います。あのシーンを入れたのものそれを伝えたかったからです。
作品全体にそういった信仰心への皮肉を描いています。寺院に行ったPKが神の像を買おうとする場面でのやり取りにもメッセージを込めました。僕は人々の恐怖心に付け込んで商売をしようとしている人たちに批判的であって、寺院に行く人々を批判したいわけではありません。信仰心を利用して金儲けをしている人たちに疑問を抱いています。そういったところを意識して描いています。

Q ラージクマール・ヒラニ監督から映像の仕事を目指したい方にアドバイスを送るなら?

Aラージクマール・ヒラニ僕は小さな街に育って、自分で演劇の台本を書いて舞台に立ったり演出したりしていました。映画学校に入ってからは編集を学びました。卒業後に、友人の誘いでCMの撮影に役者として参加したこともありますが、その時点で自分は役者には向いていないと思いました。編集の道を進みましたが、その後は自分でも撮るようになりました。映像の仕事を目指す方に伝えたいのは、今は簡単に撮影を始めることができるということです。編集や音響もノートPCでできるので、とても簡単だと思います。僕たちが学んだ時代にはなかった手段です。ネットでの公開などプラットフォームも充実しています。とにかくアイデアがあれば、まずは1、2分のショートフィルムでもいいと思います。まずは撮ってネットにアップしていろんな人に観てもらうといいと思います。そうすれば誰かが作らないかと声をかけてくれるかもしれませんので、まずは作ってみる行動に出るべきです。

Q 日本ではお正月は神社にお参りして、キリスト教風なクリスマスを過ごしたり、宗教行事が混沌としていますが、そんな日本人へ、本作の見どころなどメッセージをお願いします。

A『PK ピーケイ』ラージクマール・ヒラニ見どころは全てです。映画を作る時に僕はターゲットを定めておらず、自分のために作っています。自分が信じるものを作品に反映させて作って、それが他の人にも気に入ってもらえたらいいなと思っています。『PK』は信仰心の強いインドでは話題になる予感がありましたが、あまり信仰心の強くない中国でもヒットしました。誰に響くのか本当に分からないのですが、この面白いストーリーが受け入れられたらいいなと思います。日本のようなあまり信仰心が強くない、どのような宗教も受け入れる国で公開されるのは僕にとっても楽しみです。宗教的な争いのない、世界中の人に見習ってほしい日本で公開できることは興味深いです。どんな反応が返ってくるのか楽しみにしています。

Qラージクマール・ヒラニ監督からOKWAVEユーザーに質問!

ラージクマール・ヒラニ皆さんはアーミル・カーンのヌードが見たいですか?(笑)

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■Information

『PK ピーケイ』

『PK ピーケイ』2016年10月29日(土)公開

留学先で悲しい失恋を経験し、今は母国インドでテレビレポーターをするジャグーは、ある日地下鉄で黄色いヘルメットを被り、大きなラジカセを持ち、あらゆる宗教の飾りをつけてチラシを配る奇妙な男を見かける。チラシには「神さまが行方不明」の文字。ネタになると踏んだジャグーは、“PK”と呼ばれるその男を取材することに。「この男はいったい何者?なぜ神様を捜しているの?」しかし、彼女がPKから聞いた話は、にわかには信じられないものだった。驚くほど世間の常識が一切通用しないPKの純粋な問いかけは、やがて大きな論争を巻き起こし始める。

出演:アーミル・カーン、アヌシュカ・シャルマ、スシャント・シン・ラージプート、サンジャイ・ダット、ボーマン・イラニ、ソウラブ・シュクラ、パリークシト・サーハニー、ランビール・カプール(特別出演)
監督:ラージクマール・ヒラニ
脚本:アビジャート・ジョーシー/ラージクマール・ヒラニ

提供:日活、ハピネット
配給・宣伝:REGENTS

公式サイト:http://pk-movie.jp

© RAJKUMAR HIRANI FILMS PRIVATE LIMITED


■Profile

ラージクマール・ヒラニ

ラージクマール・ヒラニ(『PK ピーケイ』)1962年11月22日ナーグプル生まれ。
ハートウォーミングな作品によって観客を笑いと涙で包み込むボリウッドが誇る超人気監督。大学時代の演劇活動を経て俳優を目指すが、ムンバイの俳優養成学校では挫折を経験し、故郷ナーグプルに戻る。父の勧めでプネーの国立映画・テレビ研究院に進学を決めたものの、当時は俳優コースが廃止されていたため、編集コースに入学する。卒業後、編集の仕事から広告業に転向。その頃、監督・プロデューサーのヴィドゥ・ヴィノード・チョプラと出会い、彼の監督作品『1942・愛の物語』(93)の予告編とTVプロモの制作を担当する。それ以降2人の共同作業が続く。2000年には、チョプラが監督してヒット作となった『アルターフ復讐の名のもとに』の編集を担当し注目を集める。
2003年、チョプラ製作により『Munna Bhai M.B.B.S.(医学生ムンナ・バーイー)』で映画監督デビューを果たす。ヤクザの兄貴分ムンナがひょんなことから医師を目指すというこのコメディは、現代の医療のあり方や医学部教育を痛快に風刺しており大ヒットとなった。この作品以降ヒラニ監督作品では、主人公に害をなす権威主義者をボーマン・イラニが演じる、という図式が定着する。2006 年の続編『Lage Raho Munna Bhai(その調子で、ムンナ・バーイー)』では、再びヤクザの兄貴分・ムンナが登場。憧れの美人DJに会うためにガンジーの思想を勉強し始めたところ、ムンナにガンジーの姿が見えるようになる、という奇想天外なコメディ。本作もまた大ヒットとなり、ガンジー復古ブームを引き起こした。
2009年には『きっと、うまくいく』を発表。学歴社会のインドに一石を投じた本作は、当時のインド映画歴代最高の興収をあげ、インドのアカデミー賞といわれるフィルムフェア賞の監督賞など多くの賞を受賞。インドのみならず世界中の観客から愛される作品となった。