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Vol.609 映画監督/音楽家 半野喜弘(『雨にゆれる女』)

OKWAVE Stars Vol.609は音楽家としても著名な半野喜弘さんの長編初監督作品『雨にゆれる女』(2016年11月19日公開)についてのインタビューをお送りします。

Q 音楽家として長く活動されてきて、今回、長編初監督とのことですが、映画についてのご関心についてお聞かせください。

A『雨にゆれる女』半野喜弘映画音楽作家としての活動は1998年から続けてきて、その頃から漠然と自分も映画を撮れたらいいなとは思っていました。『Angelus』というソロアルバムを2005年にリリースしてから、自分名義の作品として次に何を出せばいいのかしばらく悩んでいました。その後も映画音楽は手掛けてきましたが、それらは映像に向けて音楽をつける作業なので、自分の中から第一歩を踏み出した作品についてはそれ以降リリースしていないんです。自分が音楽を作る理由を考えると、自分の音楽で生きるということはどういうことなのかを表現したいということでした。人を描くということを突き詰めていくなかで、映画という表現に行き着きました。

Q 映画の、映像での表現という部分についてはいかがでしょう。

A半野喜弘映像表現にもいろいろな方法があります。人間の網膜から入ってくる情報は、聴覚よりもずっと強いです。視覚が聴覚の情報を決定する大きな要因になるので、音楽にとって映像は音楽そのもののイマジネーションを奪い取ってしまうものでもあるのですが、映像の側から考えると、その映像を支えるために音楽という聴覚情報を使うことができます。僕はそのような考え方で映像というものを見てきたので、自分の映画では人の息づかいのようなものも感じさせるような作品を撮りたいと思いました。そういったものをどう表現するかが今回最もこだわったところです。
また、レンズを通して映画を観る、ということは映し出されているものと観客の間に距離ができるものですが、僕はむしろレンズを通して見せることでその距離を近く見せたいと思いました。

Q 脚本もご自身で書かれましたが題材についてのねらいをお聞かせください。

A『雨にゆれる女』半野喜弘この映画の企画が持ち上がった時には脚本そのものは何も決まっていませんでした。僕が最初に出した条件は青木崇高さんの主演でやりたい、ということでした。僕の思い描く映画の真ん中に青木さんが立っていたら何が面白いか、彼のどんな姿を見せたいかというところから考え始めました。ですので、ストーリーに合うから起用しようという出発点ではなく、彼に合う物語を作ろう、という発想でした。
物語については、登場人物が少ない方がいいなと思って、それなら他人のフリをしている人物がいるとより人物像を描くことができるので面白いなと考えました。さらにそれがふたりいるとより面白くなるのではないかと発想を広げていきました。
僕自身のことで言えば、当時19歳の永山則夫が起こし世間を騒がせた連続射殺事件に、10代の頃から関心がありました。あのような事件がなぜ起きたのかを考えると、その人だけではない別の力がはたらいてそのような結果を生んでしまうこともあるのだと思いました。この映画では主人公の健次が「公園でゴミ箱から缶ジュースを拾って飲んだことがあるか?」という台詞を言いますが、これは僕が小学生の頃に実際に見た体験です。貧しい地区の子どもたちが公園でそのようなことをしているのを見て、つくづく人生は不公平だと感じました。幼い彼らにはそれを回避する術がないからです。いま自分にも子どもがいますが、社会としてこのようなことを回避するのは難しいと思います。いま幸福な人も含めて人生は不公平なものなのだ、と思わざるをえないので、それを大前提にして、どう生きていくのか、ということを本人たちが強く考える姿を描こうと思いました。

Q 青木さんや大野いとさんにはどのような演出をされましたか。

A半野喜弘青木さんには主役なので、それこそ芝居をしていなくても主役に見えることを求めました。彼の演技の技術は相当高いですが、その技術を見せることよりも、そこにいるだけで大きく見せてほしい、ということを、クランクインする前のリハーサルからやり続けました。カメラを覗いては「主役に見えないよ」と言い続けました。
大野さんは技術的に考えて役を構築してきましたが、「言った台詞に台本に書いてある返事が返ってくるとは思うな」と言いました。とくに、理美が健次に詰め寄って、健次が逃げ出す場面では、青木さんには「自分がその程度のことで逃げないと思ったら逃げなくていい」と言いました。大野さんには「この男が本当に逃げ出すくらいの気迫をぶつけないと、このシーンは終わらないからね」と言いました。大野さんはもっとできたんじゃないかという悔しさを感じたのかほぼ毎日泣いていました。そのような演出だったので、日々覚醒していく様子がすごく感じられました。
岡山天音くんは技術とセンスのある役者なので、役どころをしっかり捉えていてくれました。健次と理美は現実社会にはいないようなキャラクターです。それを現実につなぎとめるようなリアリティを彼が担ってくれました。健次と理美の存在の違和感のようなものを浮き立たせてくれるのにいいはたらきができたなと思います。

Q 男女の生き方や人生観の違いについて、どのように描こうと考えたでしょうか。

A『雨にゆれる女』半野喜弘男性は最後まで自分自身のプライドを保身する傾向があります。逃げることをプライドを守ることとすり替えることを無意識のうちにやっていると思います。女性はそのすり替えをしないと思います。健次は19歳の時から他人になり続けていたので、本人に戻った時は19歳のままです。でも理美は本人に戻ってもその年月分の大人になっています。彼のような決着の付け方は男の描く人生のロマンではあるけれど、女性が思っていた決着とは違うということは観た方に考えていただきたいなと思います。

Q 映画を撮り終えて、新しい発見はありましたか。

A『雨にゆれる女』半野喜弘スタッフや俳優を見ていて、人間には能力があるなと思いました。ひとりひとり能力がありながらも、普段は他者と向き合って生きていく中でその力を自己セーブしていると思います。決まったことに向かっていく時に、スタッフや俳優を見ていて、人間にはまだ出していない力があるのだと思いました。もっとやれる、と思うことがたくさんありました。

Q 半野喜弘監督からOKWAVEユーザーにメッセージをお願いします。

A半野喜弘この『雨にゆれる女』は僕の映画、というよりは僕たちの映画だと思っています。何かが人の記憶に残る作品になったと思います。作り手として誇りに思っていますので、ぜひ観てください。

Q半野喜弘監督からOKWAVEユーザーに質問!

半野喜弘日本人はいろいろなことを感じたり考えていると思いますが、他人と違う見解を持っている時に、それをストレートに言葉に出すことに対して良くないと思われています。それはおかしいと思いませんか?
僕は海外に長く暮らしていますが、外国の方には日本人の僕の考えが全く理解されないことがあります。同様に、彼らの考えを全く理解できないこともあります。でも、分からないからどちらかが間違っているということではないと思います。自分が感じていることを外に出していく作業をすることで、自分が出したものが、他の人の意見によって磨かれていくと思うからです。
皆さんはいかがでしょう。

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■Information

『雨にゆれる女』

『雨にゆれる女』2016年11月19日(土)テアトル新宿にてレイトロードショー ほか全国順次公開

本名を隠し、“飯田健次”という別人としてひっそりと暮らす男。人との関わりを拒む彼の過去を知る者は、誰もいない。
ある夜、突然同僚が家にやってきて、無理やり健次に女を預ける。謎の女の登場で、健次の生活が狂いはじめる。
なぜ、女は健次の前に現れたのか。そして、なぜ、健次は別人を演じているのか。お互いに本当の姿を明かさないまま、次第に惹かれ合っていくふたり。しかし、隠された過去が明らかになるとき、哀しい運命の皮肉がふたりを待ち受けていた。

脚本・編集・音楽・監督:半野喜弘
出演:青木崇高、大野いと、岡山天音
配給:ビターズ・エンド

公式サイト:http://www.bitters.co.jp/ameyure/

©『雨にゆれる女』members


■Profile

半野喜弘

半野喜弘(『雨にゆれる女』)1968年1月22日生まれ、大阪府出身。
ジャズ、ヒップホップの音楽活動を経て、1997年ヨーロッパで発表されたエレクトロニックミュージック作品で注目を集める。
1998年、ホウ・シャオシェン監督自らの抜擢により『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の映画音楽を手がけ、フランスをはじめとする海外メディアから「新たな映画音楽作家の発見」と評価を受ける。ジャ・ジャンクー監督も、その音楽に魅了された一人。「いつか半野喜弘と仕事をしよう」と自分に言い聞かせたという。そして、ジャ監督の長編第二作『プラットホーム』(00)で音楽を担当。皮膚感覚で世界を捉え、音楽として表現する独自のセンスをジャ監督に絶賛される。
その後も、『ミレニアム・マンボ』(01/ホウ・シャオシェン監督)、『プラスティック・シティ』(08/ユー・リクウァイ監督)など、アジアの名匠たちと共同作業を重ね、『四川のうた』(08/ジャ・ジャンクー監督)では、第3回アジア・フィルム・アワード最優秀作曲賞にリン・チャンと共にノミネートされている。
2000年パリへ活動の拠点を移し、03年に発表したアルバム『Lido』では、ジョン・ケージの作品で知られるジョアン・ラ・バーバラやアート・リンゼイらヴォーカリストを起用し、高く評価される。
2007年、スイスに半年間滞在して初のオーケストラ曲を作曲・初演。
2013年、スウェーデンのヨーテボリ・オペラからの委嘱により新作モダンダンス「InterfacialScale(オーケストラと電子音のために)」(振付:梅田宏明)の為のオーケストラ作品を作曲・初演。日本国内での音楽活動としては、坂本龍一と共にテレビドラマ「永遠の仔」(01)の音楽を担当したほか、アルバム『Angelus』では細野晴臣、ハナレグミ、原田郁子(クラムボン)、中納良恵(EGO-WRAPPIN’)、坂本美雨などとコラボレーション。中谷美紀、UA、持田香織、大橋トリオなどのプロデュースも行っている。
2011年には柿本ケンサクと共同脚本・監督で窪塚洋介主演の映画『UGLY』をパリで撮影し、映像製作をスタート。その後に短編映画「幻の曳航」(13/未)ほか、PVの監督も行っている。パリで出会った盟友・青木崇高を主演に迎えた『雨にゆれる女』で長編デビューを果たす。
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